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日本の松くい虫(松材線虫病)被害現状と防除対策

松類の集団枯死原因は松材線虫(Bursaphelenchus xylophilus)によって引き起こされることが、1971年に日本で初めて発表された。同時にマツノマダラカミキリ(Monochamus alternatus)が線虫の媒介者であることが明らかにされ、松類の枯死原因のメカニズムが解明された。その後、1973年に制定された「松くい虫特別防除」、1977年まで20年間にわたり「松くい虫被害対策特別措置法」など時限立法に基づき、空中・地上薬剤散布、伐倒駆除などに毎年莫大な経費を投入して被害防止対策の徹底を図ってきた。
しかし、被害は年々拡大し現在では青森県と北海道を除く日本全土に蔓延し、1999年の全国の被害材積量は90万m³達している。この量は、胸高直径30cm・樹高20mの立木に換算すると、およそ150万本の松が1年間に枯死していることになり、日本の平均的な木造家屋に換算すると75000戸分に相当する。これら被害木の大部分は再利用されることがなく、林内に放置されている現状である。
さらに、松材線虫病の被害は近接諸国まで拡大した。1982年に中国大陸の南京と香港、1985年に台湾北部、1988年には韓国釜山に発生した。侵入経路は明らかではないが、初期発生地は日本からの被害材や機械梱包材などに寄生したカミキリ成虫の飛散の可能性があると推察されている。各国とも徹底防除を図ってきたが現在も被害拡大の様相を示している。現在、松材線虫病による経済的な実害は日本を含めた東アジア地域に限られ、原産地のアメリカでは導入樹種のPinus sylvestris、日本産の黒松、赤松などが散発的な被害を受けているが、北アメリカ産のP. taeda、P. elliottii 抵抗性のため被害はない。
ヨーロッパでも本病の侵入を警戒して検疫体制を強化してきたが、1999年にポルトガルで P. pinaster の枯死木から松材線虫が検出されたため、ポルトガル政府およびヨーロッパ連合(EU)にとっても重大な問題となっている。ポルトガルには東アジア地域と同属のカミキリ(Monochamus galloprovinelalis)が分布しており、本種が伝播者となっている可能性が高い。
2000年度松くい虫等防除関係予算(輪野庁):57億4千万円(対前年度比92%)
  1. 森林被害の監視及び健全化の推進
    1. 被害の監視・早期発見
    2. 衛生伐・樹種転換等による保護樹林帯の造成
    3. 抵抗性品種の供給体制(抵抗性松採種園の改良事業)
    4. 野生鳥獣との共存に配慮した森林整備の推進
  2. 森林病虫などに対する的確な防除
    1. 松くい虫の被害蔓延防止に必要な特別防除(空中散布)・地上散布・伐倒駆除等の的確な実施
  3. 森林被害防止技術の普及促進
    1. 新たな防除手法の導入・実証等防除手法の多様化(抵抗性松の供給実用化、天敵利用による実証試験)
    2. 生物防除による総合的な防除技術の研究(天敵微生物の実用化、主要天敵昆虫類の人工増殖と実証試験)
    3. 新たな手法の防除として無人ヘリコプターによる防除、マイクロカプセル剤(microcapsule)による防除を実証的に実施する。
  4. 森林保護に関する地域の主体的な活動体制の整備
    1. 防除活動の推進を担う人材の育成、防除器具の貸付
    2. 地域の特に需要な松材の保全体制の整備(樹幹注入剤による松材保全対策も含む)
防除方法
駆除法 1. 特別伐倒駆除
被害木を伐倒・玉切りして、枝条を含めえて破砕するが焼却・炭化する(移動式破砕機や炭化炉の開発)。
◆搬出先のチップ(chip)工場や焼却場周辺から被害が拡大する危険性がある。
2. 伐倒駆除(Sumithion、Baycid 乳剤・油剤他)
被害木を伐倒・玉切りして、枝条を含めて薬剤散布する。
◆材内のカミキリ幼虫の殺虫効果は不安定であり(最高80%内外)、現在あまり使用されえいない。
3. 薫蒸処理(NCS・カーバム剤)
被害木を伐倒・玉切りして、枝条まで集積してビニールで被覆薫蒸する方法で、実施時期の制約はなく、カミキリ幼虫や松材線虫に100%の駆除効果があるため全国的に最も多く使用されている。現在は有毒性の高い臭化メチル剤(methyl bromide)は使用していない。
◆伐倒駆除だけでは枝条部まで完全に処理できないため100%の保全が期待できない。被覆資材の放置による環境汚染。
4. 緊急防除
被害立木にヘリコプターから直接薬剤散布、またはヘリコプターによる被害木の搬出を行う。
予防法 5. 空中散布(Sumithion、Baycid 乳剤他)
カミキリの発生時期に航空機を利用して樹冠部に薬剤散布する。空中散布は重要な松材の保全や被害拡大防止のための広域的な防除を図る効率的な方法である。
◆実施に当っては住宅、水源林などの周辺、貴重な野生生物の生息地など環境に悪影響を与える場合は空中散布は実施していない。また、農作物の栽培地、畜産施設、養蜂、養殖場などの周辺についても地域住民の要望により、悪影響を及ぼす場合は実施しない。さらに、空中散布に当っては風向・風速などに十分留意して実施する。
◆通常ヘリコプターに取り付ける多空式噴霧ノズル(nozzle)による液剤散布では、約20mの散布有効幅があり広域散布に適している。
◆気象条件によってドリフト(drift)被害の恐れがある場合は、散布幅を10mに調節したnozzleも利用されている(curtain散布)
◆単木や狭い松材には鉄砲型ノズル(gun nozzle)を装備して散布する方法もあり、特に山岳地帯や絶壁などで伐倒駆除が困難な場所の被害木の散布に適している。
6. マイクロカプセル剤の実用化
予防薬剤 Sumithion 乳剤は光、降雨、常発などにより分解・流失して効力が急速に激減する。この点を補うため、スミチオン原体をポリウレタン(polyurethane)で被膜してmicrocapsule 化(20micron)することにより2回散布を1回散布で代替でき、人畜毒性、魚毒性、自動車塗装に対する危被害が大幅に軽減された。
◆1997年に農薬登録され、まだ事業的な散布例が少ない。
7. 無人ヘリコプターによる空中散布
水稲の病害虫防除機として実用化しており、山林用薬剤散布の実用化に向けた開発が行われている。
8. 地上散布(Sumithion、Baycid 乳剤他)
カミキリの発生時期に動力噴霧機を用いて樹冠部に薬剤散布する。周辺へのdriftが少ないため住宅地周辺など小面積の防除に適している。
◆山林での薬剤散布作業が困難なことから、通常残効期間を長く保持させるため薬量を多くして1回散布を実施しているが、散布作業が容易な松材では薬量の濃度を薄くして散布回数を増やした方が効果的である。
◆ゴルフ場や平坦地作業が容易な松材では樹高40mまで散布可能な強力送風散布装置(スパウター、小型自動車に搭載)を使用している。
9. 樹幹注入(Greenguard、Megatop、Shotone剤他)
冬期間に健康な松の樹幹に小孔(直径6mm、深さ5cm)をあけて薬剤を注入し、カミキリ成虫の発生前に樹冠全体に浸透・移行分布させる。侵入した線虫は薬剤の阻害作用で麻痺し、樹体内での移動・増殖を抑止する極めて予防効果が高いのが特徴である。1回の注入で2〜3年間の予防効果が確保され、周辺環境への悪影響の心配がないため、神社・仏閣、公園・街路樹、観光地施設内の松材、水源林やゴルフ場などの貴重木に使用されている。
◆空中・地上予防薬剤散布や伐倒駆除に比べてcostが高いのが難点である(胸高直径30cmで約1万円=3年間有効)。現在5種類の注入剤が市販されているが、Greenguard剤の主成分は家畜の寄生虫薬で極めて安全性が高いのが特徴であり、注入後の樹体内の薬剤濃度分析(残留量)も容易である。
生物防除 10. ボーべりア菌(Beauveria bassiana)の実用化
天敵微生物のボーべりア菌を培養した不織布(45x5cm)を集積した被害丸太上に固定し、カミキリ幼虫に感染させて防除する方法が開発された(農薬登録中)。
◆野外施用としては高い効果があり、樹皮下・材内幼虫に対する感染死亡率は63〜96%に達した。今後、薬剤散布などを併用した総合的防除の一環としての利用法が期待される。
11. 天敵昆虫の増殖技術
カミキリ幼虫を捕食するオオコクヌスト(Temnochila japonica)、サビマダラオオホソカタムシ(Dastarcus longulus)、寄生性のクロアリガタバチ(Scleroderma nipponicus)などの大量増殖が可能になった。
◆これらの天敵昆虫は奇主特異性が低いため、劇害地の松枯れを抑制することは難しいが、被害軽減の素材として利用が可能である。また、カミキリ成虫の雌雄生殖器に寄生する線虫が発見され(遠田、1970)、新種(Contortylenchus genitalicola)として記載された(Kosaka & Ogura、1993)。
◆実証試験では寄生率が低く、次世代の繁殖力を抑制する効果が少なかった。
12. 鳥類の保護利用
カミキリ幼虫の捕食者としてキツツキ類(woodpecker)の保護誘致を行うため、ねぐら用巣箱が開発・利用されている。架設実験によるとアカゲラ(Dendrocopos major)1羽は1日当たり64頭のカミキリ幼虫を捕食し、5haに1羽の密度で枯死率1%の松材であれば90%のカミキリ幼虫を捕食できると推定されている。
◆鳥の誘致・定着には松材のほか広葉樹の大木を含む混交林など多様な森林が理想的である。
13. 誘引剤
カミキリ成虫の誘引剤として2種類が市販されており、松類の揮発物質を主成分としたもので産卵誘引剤である。
◆両剤とも松材線虫の離脱後の性成熟した成虫だけが捕獲されるため、防除への利用の可能性は少ない。カミキリの発生予察などモニタリング(minitoring)用に使用されている。
14. 樹勢回復剤
松類の活力剤、植物活性剤、微生物土壌活性剤などが販売されているが、公的な試験ではいずれも松材線虫病に対する予防・防除、殺線虫、忌避効果などは認められていない。
評価(防除効果の高い順)
樹幹注入
(予防)
焼却・破砕・薫蒸処理(駆除) 空中・地上散布
(予防)
伐倒薬剤散布
(駆除)